~プロローグ~ ブリティッシュ城の怪人

あれからもう一年近くが経とうとしている。
燦燦と降り注ぐ海辺の光を反射して、ひときわ白い大理石の墓の前に、全身を黒装束と黒マントで固めた一人の男が佇んだ。ブリタニアの市民たちが毎日のように手向ける色とりどりの花々に囲まれ、かの人は最愛の夫の横で、今ごろどんなにか幸せで、終わらない夢を見ていることだろう。かぶっていた陽に灼けてところどころ色の抜けたフェルトの帽子をそっと取って胸に当てると、男は頭を垂れて墓前にひざまずいた。武勇に秀でた者なのであろうか、男の胸板は厚く、帽子を支える手はひときわ大きいのに、敬愛する女王の墓前で彼は無防備な少年のように見えた。

「女王陛下…。あなたに代わってブリタニアを治める者はまだ現れておりません。どこの馬の骨とも知れぬ評議会が統治する世の中など所詮はまやかしです。」

男は低い、しかし抑揚のよくきいた声で女王の墓に語りかけた。男の言葉に応えるかのように、時折濃い潮の香りとともに、西からの風がまっすぐにブリティンの方角へ吹き抜けて行くのだった。風は躊躇なく白いものが混じり始めた男の髪をその顔からはらいのけたが、目深にかぶった革製の面頬と色つきの眼鏡に覆われた彼の素顔を知る者はどのみち少ないように思えた。

男は続けた。
「ブリタニアは8徳によって治められなければなりません。ベインは去り、マジンシアは復興しました。しかし封じ込められたはずのあまたの邪悪な者たちが、いつ何どき時空を超えて舞い戻って来るか知れないのです。」

ちょうど昼餉(ひるげ)の時間なのであろう、通りかかる人の影もなく、男だけがただじりじりと、地図上の黒い点のように太陽の光を集めながら女王との対話を続けていた。

「私に力を…。民の力を結集すべき時が来たのです。評議会にだけ任せておくのは危険極まりない。」

男はそうつぶやくと、上着のポケットから一枚の古いコインを取り出してしばし見入った。男の手をはなれて放り上げられたそれは、陽の光を反射しながらきらきらと宙を舞い、ポン!という小気味よい音とともに男の左の手の甲に素早く押し付けられた。

「表だ。」
コインの表面の銀の蛇のレリーフを見て、男は満足気に微笑んだ。

「ブリタニアは秩序のみの治世にあたわず、8徳の加護をもって悪に立ち向かうべし。」

男は立ち上がり、今は亡き女王に敬礼して去った。

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