旧日本公式 BNNアーカイブ “孤独” (投稿日:2006年7月29日)

リアンは震えていた。

リアンは建物の地下にある狭い場所に隠れ、できるだけ自分の体を小さくしようと膝を抱え込んだ。すでに一時間は経っただろうか。ときおり体の位置を直そうとするたびに、手足は突き刺されるように痛んだ。彼女は地上で繰り広げられている大虐殺から逃れるために薄暗い地下室に置かれた樽の陰に隠れたが、ジャングルの中へ逃げ込むことはできなかった。

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ロストランドにある都市として当然のごとく、パプアは様々な争いの渦中にあった。蜘蛛のような姿をしたテラサン族とオフィディアン族の対立は、彼女もよく知っていた。上品な王国、ブリタニアからやってきた冒険者たちは、遠くの砦へ赴く際にしばしばパプアのヒーラーに立ち寄るなどして補給を行っていた。

オフディアン族による攻撃は、いまに始まったことではなかった。パプアが創設された折、この2種族の争いに巻き込まれることが無いようブリタニアの魔法使いたちによって魔術的な防御が施されたのはだいぶ昔、リアンが生まれる前のことだ。それからというもの、少しでも厄介事が起こりそうになると、ガードがすぐに現れるようになったのだった。
それでも、蛇のような姿をした者たちはずるずると尾を引きずりながら、いつも境界線を脅かし続けていた。最近は「英雄」を自称する冒険者たちがパプアを訪れ、”Ophidian menace”と呼ばれる武器を携えて、リアンの父が経営する宿屋を訪れることもあったのだが。

奴等が叫んでいた。リアンはその声で目が覚めた。叫び声と金切り声の奏でる不協和音は倒れいく者たちを呼び続け、おびただしい数の凶器は大地を、木々を、人々をその刃にかけ続けた。

逃げる時間など無かった。奴等は街道に姿を現し、リアンの父を彼女の目の前で惨殺した。怪物どもの顔は狂気にゆがみ、薙刀がリアンに向けられた……その刹那、蛇はエネルギーの波動を受けて横に吹き飛ばされた。

「ありがとう」と言おうとした。だが、それはできなかった。リアンを救った魔法使いは、背後から3匹のオフィディアンに襲われ、次の魔法が発せられることはなかった。とっさにリアンは海岸線に沿って西へ走り、武器屋目指してジャングルに分け入った。”Revenge Shoppe”の角まで来て木々の後ろから街の様子を目の当たりにしたとき、リアンの体は凍りつき、すべての希望が失われたことを知った。

錯乱したリアンは、ふと自分が武器屋の中にいることに気づいた。ショーケースは無残に破壊され、割れたガラスが床一面に散乱し、わずかな武器がかろうじて姿を留めているだけだった。”デスパイス侵攻の際にブリテイン市にて発見される”と書かれたタグを読むことなく1本のハチェットを手に取ると、リアンは造船所に向かって飛び出した。彼女が考えることができたのは、いままでに何度ももぐりこんだことのある地下室のことだけだった。

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時が経つごとに、戦いの叫び声は徐々に途切れ途切れになっていった。そのジメジメとした場所の外から、リアンを呼ぶ人間の声は無かった。耳にできるのは、地面を這いずる音と奴等の立てる奇妙なシューッという音だけだった。戦いの音が遠ざかっていく中でいくつかの水樽を身の回りに引き寄せること以外、彼女に何ができただろう。

「ガードたちはどこなの?」
リアンは汗ばむ手でハチェットの柄をギュッと握り締めた。
「王国の兵士たちはどこへ行ったの?」
柄のトゲが手のひらに食い込んだが、すでに感覚がなくなり始めた手は痛みを感じなかった。
リアンの精神は引き裂かれていった。
「約束した……のに……」

沈み行く太陽がその姿を完全に消すと、地下室は闇に閉ざされた。心臓の音しか聴こえない。まるですべての音が蒸発したかのようだったが……そのとき、リアンの頭上でゆっくりと床板がきしむ音がした。
リアンは樽の隙間に身を潜めた。

時が過ぎてゆく。

かすかな光が、地下室の入り口からオフィディアンの影と共に差し込んだ。影は、階段の奥に樽しか見えないことに満足し、背を向ける。

リアンはもう止められなかった。痛みを伴った恐ろしい時間が、いよいよ最後の犠牲者を生み出す。
リアンの左足が緊張に耐え切れず痙攣し、傍らの樽をやさしく蹴った。

オフィディアンは動きを止め、そして振り返った。

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